精神科医が意識低く赤ちゃんを育てるブログ

非医師の超転勤族の夫(育休2か月→復帰)と0歳児とモタモタ暮らしています。

生物学的な母親であることは良い親の必須条件なのか~「母性のような何か」を得る方法~

妊娠・出産すると母性が炸裂?

「赤ちゃんはママが一番大好き」

「ママが赤ちゃんのことを一番わかってる」

 

「母親」って、やたら神聖化して持ち上げられる機会が多い。

 

そしてその理由として、ホルモンが云々とか、おなかを痛めてとか、お母さんの心拍数を子供が覚えてて云々とかが挙げられ、

あたかも「生物学的な母親」であることが、「良い親」であることの必須条件であることのように語られます。

 

子育ての負担を一手に引き受けている母親に対する忖度なのかもしれませんが、

私にはそれが重荷でした。

 

妊娠しても、出産しても、自分の心には劇的な変化がなかったからです。

あれ、わたし、母親失格かな・・?

 

こんな私が「母性のような何か」を得るまで

我が家の場合、

・お腹の赤ちゃんに話しかけられるようになった時期

  私:34週(産休にはいったとき)

  夫:おなかが大きくなったころから

 

・赤ちゃんがなんで泣いているかわかるようになった時期

  私:生後2か月(夫が育休復帰したとき)

  夫:生後2週間くらいから

と、一事が万事、夫のほうが私より先に、所謂「母性」を獲得していました。

 

ここで注目してほしいのが、

「おなかの赤ちゃんに話しかける」

「赤ちゃんがなんで泣いているかわかる」

といった、

生物学的な「母性」によるものと思われがちな言動が、私の場合、それぞれ

「自分が産休にはいる」

「夫が育休復帰する」

という、生物学的ではなく、社会的な変化を契機に出現したことです。

 

 

産前休暇にはいり、とにかくヒマになりました。

ヒマだから、柄にもなく、平日の昼間にのんびりお散歩なんてしてみる。

今までは見る機会のなかった、小さなお子さんが遊んでいる様子をみる。

公園で読書する。

 

そんなことしてると、なんだか優しい気持ちになって、

おなかをなでて「良いお天気で気持ち良いねぇ」って言ったりなんて

「母親らしい」ことをし始めました。

 

これは、妊娠したからという生物学的な理由ではなく、

ヒマだから

おこった変化でした。

 

◆ 

 

夫の育休のおかげで、出産後は「私・夫」のチームで赤ちゃんに接する構図でした。

赤ちゃんよりも夫のほうが身近な存在だし、夫のほうがなんでもよくできるので、

なにかと夫に頼りっぱなしでした。

 

しかし夫が復帰してしまってからは、一日中、赤ちゃんと2人っきり。

私が全部やらなきゃいけません。

そうやって2人で一緒に毎日密着して過ごしているうちに、

なんとなく赤ちゃんの気持ちが分かるような気がしてきて(本当にわかるのではなく、なんとなく対処できるようになっただけですが)、

そうこうしているうちに、初めて、

赤ちゃんがかわいくて仕方ない、かたときも離れたくない!

という「母親らしい」気持ちがわいてきました。

夫が育休復帰して2週間くらい経った時のことです。

 

これも、おなかに話しかけること同様、生物学的ではなく社会的変化が私に「母性のような何か」をもたらした事例です。

 

 

これらの例から言いたい事は、私の場合、

 

生物学的な要素だと思われていた「母性」は

 

・ヒマ

・赤ちゃんと2人きりの孤立した生活

 

という社会的な変化によって得ることができたということです。

 

(夫は上記の要素なく早めに獲得していますので、「母性のような何か」を得るきっかけも、時期も人それぞれだといえます)

 

 

 

父親だって

里親だって

 

みんな、「母性のような何か」を得ることはできる。

 

良い親になるのに、自分のおなかから分娩する必要は全くないというのが現時点での私の意見です。

 

 

「赤ちゃんはママが大好き」じゃなくて

「赤ちゃんは、愛情をもってたくさんお世話してくれる人が大好き」

で良いんじゃないかな、と思います。